Story

episode 1

「暑いなぁ」

その声に振り向くと、自転車に乗った彼がいた。
「ほんと、暑いよね」
彼女は、そう答えながら前髪を直した。
「良かったら俺の愛車に乗って帰らないか?」
小学校・中学校とずっと同じだった二人は、この春から同じ高校に通っているけれど、別のクラスだ。今日で期末テストも終わった。

「歩いて帰るよりは涼しいぜ」
彼女はちょっとだけ考えたが、乗せてもらうことにした。
左手に持っていたバッグを肩に掛け、自転車の後輪の車軸の上に立ち、彼の肩につかまった。
「もうすぐ夏休みだな」
そう言うと彼は自転車を漕ぎだした。
「あ、風が涼しい」
「そうだろ。歩くよりは全然良いよな」

そのまま1ブロック程過ぎた所で、唐突に彼女が言った。
「最近、隣の席の娘と仲が良いみたいじゃない」
「あ、なに? 妬いてるの?」
「バカ、そんなんじゃないよ」

少し先に歩道がちょっと狭くなっている所があった。向こうから小学生の一団が来たので、電柱の手前で止まり、彼らが通り過ぎるのを待った。

「お兄ちゃんたち、二人乗りしちゃいけないんだよ!」
一番後ろにいた男の子が立ち止まって言った。
「そうかぁ?」
「うん、先生が言ってたもん」
「ふーん、でも友達同士で二人乗りしちゃいけないって言ってたんだよな?」
「そうだよ」
「だったらお兄ちゃんたちは二人乗りしても良いんだよ。だって恋人同士だもん」
そう言われ、分かったような分からないような顔をした男の子は、ふと後ろに乗っている彼女の顔を見た。
「あ、お姉ちゃん泣いてる。お兄ちゃんが泣かしたんでしょ。父ちゃんが『女を泣かすのは男のクズだ』って言ってたぞ!」

彼は彼女をちらっと見たあと、男の子に向かってかがみ込みながらながらこう言った。
「いいか坊主、家に帰ったら父ちゃんに聞いてごらん。『うれし涙でもダメなの』って」
「うん、聞いてみる!」
そう言って駆け出した男の子を見送ったあと、彼は再び自転車を漕ぎだした。

「午後からプールにでも行こうか?」
彼女は、声が震えたりしなければいいなと思いながら、青空を仰ぎ見て
「うん! 行きたい!」
と答えた。

Created: 2006-07-30 08:30 Copyright © 2006 Setsu. All rights reserved.
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